日本国内でも少しずつ、そして着実に新しいスタジアムが増えています。
しかし多くの方々が、気になってはいるけどあまり大きな声で言いたくない問題、それが新しく建設された屋根のあるスタジアムにおけるピッチコンディション。
今回のブログでは、なぜ屋根のあるスタジアムで芝生の管理が苦戦するのか、プレミアリーグでは上手くいっているのになぜ日本国内では上手くいっていないのか。
芝生管理者的には当たり前の世界でも、それが一般的ではなく、なかなか多くの方々に知れ渡っていないので、今回は改めて書かせていただきます。
このブログの作者Ikumiはアーセナルで
ブログの作者Ikumi
グラウンズパーソン(グラウンドキーパー)として働いています。
今までも芝生に関しての記事をたくさん書いてきましたので、
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根本的に何が原因なのか?
屋根のあるスタジアムにおける問題点の1つ。それはすでに答えを言っているようなものですが、屋根があることです。
例えば屋根のないスタジアムでは、芝生、ピッチコンディションが悪いという話をあまり聞いたことがないと思います。
しかしその一方で、屋根のある新しいスタジアムに関しては、時々ニュースになっているのを見たことがある、聞いたことがある方が多いでしょう。
屋根がなければいけないの?と疑問に思うでしょうが、Jリーグにおいてはそれがスタジアムにおける基準になっています。
ライセンス制度による「義務化」(2012年〜)
Jリーグがアジアサッカー連盟(AFC)の基準に合わせる形でJリーグクラブライセンス制度を導入したことにより、スタジアムに関しても状況が変わりました。
- 2012年: 屋根の基準がライセンス交付の条件に入る。
- 基準の内容: 観客席の3分の1以上が屋根で覆われていなければならない。
- 等級の扱い: この屋根の項目はB等級
- A等級(必須): 充足しないとライセンスが交付されない(例:収容人数、座席の形状など)。
- B等級: 充足していなくてもライセンスは交付されるが、制裁(是正計画の提出や勧告など)の対象となる。
近年のさらなる厳格化(2018年以降)
2017年2018年あたりの改定により、基準がさらにアップデートされ、新設されるスタジアムや大規模改修を行う場合については、原則としてすべての観客席(100%)を屋根で覆うことが求められるようになっています。
このような感じでクラブライセンスを得るには、スタジアムに屋根が必要です。
屋根があるとなぜ、ピッチコンディションに影響するのか?
話を本題に戻して、屋根があるとなぜピッチコンディションに影響するのか、今回のブログの本題に入ります。
最大の敵は「日照不足」
植物である芝生にとって、太陽光は何よりも重要です。
太陽光が十分に当たらない場合、芝生にはどのようなことが起こるのかというと、
- 光合成の欠如: 屋根が日光を遮るため、芝生が十分に光合成できず、ひょろひょろと長く伸びる徒長(とちょう)という現象が起きます。これは植物が光を求めて伸びるためで、徒長した芝生は節間(葉っぱと葉っぱの間)が長くなり、葉の枚数が減り、ひょろひょろしたものに見えます。たとえ屋根が透明であっても、十分な光量とは言えません。
- 強度の低下: 徒長した芝生は根が浅く、葉の枚数が少なく茎も丈夫ではないため、選手の激しい切り返しですぐにめくれ上がってしまいます。芝生がポンポン飛んでいるのはこれが原因。
ここで気になった方もいらっしゃるでしょう。「あれ?プレミアリーグのスタジアムの屋根、でかくね?」
なぜプレミアリーグで可能で、日本では難しいのか。
プレミアリーグと日本では使用する芝生の種類が異なる
プレミアリーグのあるイギリス、イングランドは1年を通して比較的冷涼な地域です。
このような地域では、芝生の品種は主に低温環境下でも育つ寒地型、いわゆる冬芝が使用されることが多いです。
対して日本は高温に強い暖地型、夏芝といわれる芝生の品種を多くの場所が使っています。
なぜ使う品種に違いがあるのかというと、日本特有の寒暖差の影響が大きいです。イングランドでは比較的日本ほど高温になることは少ない(近年の異常気象はなしにして)一方で、日本では冬は0℃近くまで下がり、夏には40℃近くまで上がるのは、皆さんも経験しているでしょう。
これだと、ヨーロッパで使う寒地型芝では1年を乗り越えることはできず、黄色くなり枯れてしまいます(もちろん夏を乗り越える方法もありますが割愛)。そのため、日本では夏場の暑さにも耐えうる暖地型をベースとして使っています。
日本では冬になる前に、冬芝のタネを夏芝の上に撒くことで、冬でも常緑のピッチを維持しています。このあたりは、以前のこちらのブログでも解説していますので、ぜひご覧になってください。

そして、これらの品種の違いが屋根の有無による生育の違いとどう関係があるのかというと、冬芝の場合、夏芝よりも日陰でも比較的成長してくれるというのが要因です(日陰に強いというわけではなく、夏芝よりも冬芝の方が、植物の構造的に多少OKくらいの雰囲気)。
もちろん、プレミアリーグとJリーグでは他にも様々な違いがありますが、プレミアリーグにおいて屋根があっても何とかなっているのは、使っている品種の差による影響の違いは明らかであると言えます。
どれくらい光を要求する量が異なるのか?
では、少々専門的なお話をしましょう。
今回のケースの場合、用いられるのがPPFD(Photosynthetic Photon Flux Density、光合成光量子束密度)。単位はμmol/㎡/s(マイクロモル・パー・平方メートル・パー・セカンド)です。
この単位は、「1秒間に1平方メートルあたりに降り注ぐ、光合成に利用可能な光子(光の粒)の数」を表していて、植物の成長に直接関わる光の量を測る指標として用いられます。ざっくり言うと瞬間的な光の強さです。
この2つの表は、さくっと目を通していただくだけで問題ございません。
・一般的に日本で使用されるティフトン419(夏芝)
| 目的 | PPFDの目安 (μmol/㎡/s) | 説明 |
| 光飽和点 | 1200~2000 | 快晴の真夏の日光下(2000程度)でも飽和点に達しにくく、光合成を続けます。 |
| 健全な成長 | 600~1000(日中平均) | スポーツターフとして十分な密度と回復力を維持するために必要なレベルです。この範囲の光量が長時間(6〜8時間以上)確保されるのが理想です。 |
| 最低限の日光 | 400~600 (日中平均) | これを下回ると、芝の密度が低下したり、摩耗からの回復が遅れたりするリスクが高まります。 |
・一般的にイングランドで使用されるペレニアルライグラス(冬芝)
| 目的 | PPFDの目安 (μmol/㎡/s) | 説明 |
| 光飽和点 | 400~800 | この範囲で光合成速度が最大となり、これ以上光を強くしても効率は上がりません。 |
| 健全な成長 | 300~600 (日中平均) | 成長期において、この程度の光量が確保できれば十分に健全な生育が可能です。 |
| 日陰への耐性 | 100~300 (日中平均) | 低光量下でも生存・成長が可能ですが、光量が低いほど密度や回復力は低下します。 |
1日当たりに必要な光の量差
次に重要になるのが、先ほど紹介した瞬間的な光の強さ(PPFD)だけでなく、1日を通して浴びた光の総量、DLI(Daily Light Integral:日積算光量子)という考え方です。
例えるなら、PPFDは「時速」、DLIは「1日の走行距離」といえます。
芝生が健全に育ち、激しい試合のダメージから回復するには、この走行距離(総エネルギー量)のノルマを達成しなければなりません。
一般的には・・・
- ライグラス(イングランドの芝): 1日のノルマ(DLI)は 約15molで20 molが好ましい。比較的省エネで動けるタイプです。10molを下回ると品質維持が困難という研究も。
- ティフトン419(日本の主な芝): 1日のノルマ(DLI)は 約30mol 以上。研究によっては25mol前後というのもあり、研究論文の地域によって若干の誤差がありますが、おおむね約30mol。エネルギーを欲しがるタイプです。
下はそれらの論文等です。
日本国内における真夏の屋外(快晴の日)のDLIは、おおよそ 40 ~ 60mol/㎡/dayに達するそうです。
| 天候 | DLIの目安 (mol/㎡/day) | 芝生(ティフトン419)への影響 |
| 快晴 | 50~60 | 最高。 爆発的に成長し、踏まれてもすぐ回復する。 |
| 晴れ(時々曇り) | 35~45 | 良好。 健全な維持が可能なレベル。 |
| 薄曇り / 雨 | 10~20 | 赤字。 消費エネルギーが上回り、成長が停滞する。 |
ただし、この表のように雨の日だと極端に光量が低下します。そのため、梅雨時期のピッチのクオリティが落ちたり、雨が多い日の夏芝の質が落ちる原因は、排水不良だけでなく、こういったところにもあります。
そしてブログの本題である日本の屋根付きスタジアムでは、構造上の影によって、屋外の半分以下(5〜15 mol程度)にまで落ち込んでしまうことが珍しくありません。
また、「透明な屋根だから大丈夫」と思われがちですが、実際にはガラス1枚で光量は20%前後カットされ、さらに汚れや日の角度で40%以上減衰することもあるので注意が必要です。
グローライトの光量の計算
ではグローライトの光量はどれくらいなのか?
イングランドで近年使用されているグローライトは、SGL社の物が多く、代表的なものはLED440と呼ばれる製品で、これは440㎡の面積を照らすことが可能なため、この名前になっています。

そしてこのLED440のPPFDは354μmol/㎡/sと聞いていまして、これをDLI(mol/m²/day)にすると・・・(さあ、計算の時間、計算にちょうどよいBGMを用意しました)
354×60× 60×24 = 30,585,600(60が2つあるのは、秒を分にして、分を時間にするためで、24は1日の24時間のこと)、そしてμmolの「マイクロ」を消すために1,000,000で割ると、 30.58 mol/m²/dayとなるわけです。
つまり、DLIは30.58 mol/m²/dayとなります。先ほど24をかけてDLIにしていますが、これを1時間あたりに戻すには24で割ればよいので、約1.27mol/㎡/hに。
ライグラスが要求する約15mol/㎡/day必要なのであれば、計算上約12時間当て続けることで、1日当たりに必要な光の量をグローライトで補うことが可能なのです。
ただし、イングランドの冬とは言えど、屋外なら日中で約2mol~5mol程度はあるそうなので、それを考慮しても約10時間当てる必要があるというわけです。
お察しの通り、夏芝の要求する光量をライトで補うのは難しい
話を日本の夏芝に戻して、日本で広く使用する夏芝のティフトン419の1日のノルマ(DLI)は 約30mol 以上と言われています。
私が目にしてきた研究の論文によっては、25mol前後のDLIというのもありますので、一概には言えませんが、今回は30molで話を進めていきます。
ここまで読んできた方なら、もうお分かりですね。先ほどのLED440では1日中ずっと当て続けたとしても30.58mol/㎡/day。1日中光が当たらない場所だと、1日中グローライトを当て続けないとノルマを達成できないわけです。
仮に少しだけ日陰になる箇所だと、日本の夏場で約5~15mol/㎡/dayと言われています。
この場合でも最低12時間以上は当て続けなければいけません。
しかし、夜間に光を当て続けることによる「罠」もあります。
「24時間点灯」は逆効果なのか?
夜間に芝生に対してライトを当て続けると、別の問題に直面します。
- 「暗期(休息)」の欠如による渋滞: 芝生は、昼間に大量のエネルギー(糖合成によって作ります。これを夜の間に根や新芽に運ぶ転流(てんりゅう)という作業が必要ですが、24時間光を当て続けると、この運搬作業が滞ります。葉の中にデンプンが渋滞すると、芝生は「もうこれ以上は勘弁してくれ」と判断して光合成を止めてしまい、成長が停滞します。
- クロロシス(黄化)と光阻害: 休みなく光を浴び続けると、植物の細胞がオーバーヒートし、緑色の色素が壊れる「クロロシス」という現象が起きます。簡単に言うと、光合成を止めたいので、光合成する細胞そのものを自ら消すというイメージです。
という感じで、適度な暗期が芝には必要であるというわけです。
「夜通し」ライトを当てる切実な事情
「プレミアリーグでは夜もライトを当てているじゃないか」と思うかもしれません。
というのも、冬のイギリスの自然光は絶望的に暗く、1日のDLIはわずか 2~5 mol 程度しかありません。雨も多いし曇りばかり、たまったもんじゃない。
これでは日中の光だけでもライグラス(冬芝)ですら上手く生育することは困難。
そこで、夜通しで連続照射を行うことで、足りない 15 mol 分を人工的に補い、いわば人工呼吸器をつけて芝生を延命させているわけです。
言ってしまうと、夜間だろうが昼間だろうが、光そのものが足りてないんだから、暗期のメリットデメリットを考えている余裕がない、そんな感じですね。
日本ももちろん可能です。それだけ芝生には光が足りないのです。
ただし、どのケースでも、暗期が必要になるので、光をどれだけ長く当て続けるのかという時間の計算も必要です。なので、近年のグローライトには、どの場所に何時間光を当て続けたのかをモニターで表示してくれるシステムも登場しています。

日本のスタジアムが抱える「究極の矛盾」
日本の屋根付きスタジアムにおける芝生管理の難しさは、日本の過酷な夏を越えるために必要な暑さに強い最強の芝(ティフトン)が、同時に、最も光を欲しがる気難しい芝であるという点にあります。
屋根によって光のノルマ(DLI)を削られ、かといって24時間ライトを当てて無理やり稼ごうとすれば、生理障害を起こして自滅してしまう可能性も・・・
この繊細な「光のバランス」を、限られた設備と時間の中で調整しなければいけません。
そして、日本国内におけるすべての屋根付きスタジアムが、全面光を当てられるだけのグローライトを所有しているわけではありませんので、ますますその管理する難易度の高さはご理解いただけるかと思います(予算の問題で導入できないところが多数)。
これが、屋根付きスタジアムを管理している日本のグラウンズパーソンたちが置かれている極めて困難な現状です。
秋から冬のピッチコンディションの良し悪しは、養生期間にあり
さて、ここまでは夏のピッチコンディションの話でした。
ここからは冬場のケースについてです。
冬場のピッチコンディションに影響を与える要因としては、冬芝のタネを播種した後の養生期間がどれだけあるのか、ここに焦点が当たります。
イングランドのケース
私のいるイングランド(ライグラス、冬芝使用)では、養生期間、播種してからいったいどれくらいの期間、使用しない状態が続くのが望ましいといわれているかと言えば、最低でも6週間以上、8週間が望ましいとリーグの芝生におけるガイドラインにあります。
基本的には、だいたい冬芝のタネは1週間あれば発芽します(積算温度などがありますが、ここでは省略)。そこから芝生を選手がプレーできる状態に持っていくので、それなりの時間が必要です。
もちろんこのケースは、まっさらな砂の状態から芝生のピッチを作っていくという話。発芽して2週間で砂の状態がいきなり緑色のピッチに早変わりなんていう非現実的なことは起こりません。ですので、それだけの期間が必要になります。

ただし近年では、ウェンブリースタジアムのように、カーペットタイプのハイブリッドターフを芝生と一緒に持ってくることで、その養生期間を短縮し、最大限コンサート等の別のことに使用できる時間を増やすことができるようなスタイルも。
この点はのちほど書かせていただきます。
日本のケース
では日本国内の冬芝のタネを播種してからの養生期間はどうなのか?
1か月もあれば最高、多くの場合、利用しながら冬芝を育てていくという感じになり、養生期間ほぼなしというケースも珍しくありません。
日本の場合は、夏芝の上に種を播種するので、イングランドとは少し環境が異なり、まっさらな状態からスタートではないという点は頭に入れておいていただきたいです。
それでも養生できないのは難しい
とはいっても、養生期間がないのは難しいのも事実。
発芽したての冬芝が、夏芝の間で頑張って育ってきている間に、選手たちがピッチ上を駆け回るわけですから、当然なかなか育ってくれませんし、簡単にやられてしまいます。
屋根の有無による夏芝の生育不良は、冬場のコンディションにも影響する
そしてここで重要になってくるのは、夏芝のコンディション。
仮に養生期間が短かったとしても、夏芝のコンディションが密度も高く維持されている場合、冬芝の発芽後の生育が多少悪かったり遅くなったとしても、夏芝の支持力でなんとか持ちこたえることができ、上手く夏芝の休眠のタイミングと冬芝の育ってきたタイミングがクロスすることができます。
しかし、お察しの通り、夏芝の密度が薄い場合は、夏芝に支持力がないので、冬芝の生育初期の段階は、苦戦を強いられてしまいます。
解決策はあるのか?
では、この「光不足×過酷な気候」という難題に、日本のスタジアムはどう立ち向かうべきなのか?
私は、大きく分けて3つのアプローチがあると考えています。ただし、これらはあくまでも私の考えるアイディアであり、他にももっとよい解決策があるかもしれませんので、皆さんで見つけていけると幸いです。
1. 地下の力で「冬芝(ライグラス)」を夏に耐えさせる
1つは「地温クーリング(アンダーソイルクーリング)」
- 仕組み: ピッチの下に冷水を循環させる配管を巡らせ、土壌の温度を強制的に下げます。
- メリット: 本来、日本の夏には耐えられないライグラス(C3芝)ですが、気温と同じく地温(根の温度)のコントロールも極めて重要です。地温を25℃以下に保つことができれば、光要求量が少なく日陰に比較的強い冬芝を、1年中ベースとして使う「常緑化」のハードルは下がります。
実際に埼玉スタジアムさんでは、1年中冬芝を使用していますし、このクーリングシステムも採用しています。
とはいえ、かなり管理が難しいのも事実で、夏の暑い時期がめちゃくちゃ長くなった日本では、光の有無よりも暑さと湿度へどう対処するのかも考えなくてはならず、冬芝を年中使うのは管理費用的に考えても、すべてのスタジアムが導入するのは難しいでしょう。
2. 品種選び(日陰に強い夏芝の採用)
現在主流のティフトン419は素晴らしい芝ですが、光への要求量はトップクラスです。
これを、もう少し低光量でも耐えられる品種に変える選択肢です。
- 日陰に強いとされるバミューダグラス(例:TifGrandなど): アメリカなどで開発された、従来のティフトンよりも少ない光量(低いDLI)で密度を維持できる品種がいくつか出てきています。まあ、今まで日本で見かけてきたそういったバミューダグラスは、オーバーシードした時の生育やトランジッション(冬芝から夏芝にする)時に、夏芝が全然成長してくれないなど、ちょっと怪しい部分もありましたので、日本の気候に合うのかを見極めることが重要です。
- ゾイシアグラスなどバミューダグラス以外: アーカンソー大学さんの研究では、ゾイシアグラスなどは約14.0mol/㎡/dayと日陰への耐性が比較的高いとあり、もしゾイシアグラスの中に摩耗にも強い品種があり、なおかつボールの転がりや選手への違和感がないのであれば個人的にはありかなと思います。
3.カーペットハイブリッドターフの導入
日本のJリーグのシーズンが変わるのであれば、夏場はコンサート、そしてシーズンスタート前にカーペットタイプのハイブリッドターフを張ってシーズンを乗り越え、翌シーズン始まる前にリノベーションしてという芝生の張替えを毎年行うイングランドウェンブリースタジアムスタイルの導入もありかなと思います。
たとえ日照不足で芝自体の強度が少し落ちても、ピッチ全体の耐久性を人工的に底上げし、めくれ上がりを防ぐという「物理的補強」も有効な解決策です。
この場合、夏芝ではなく個人的には冬芝を使用するのが望ましいかと思います。
大きいスタジアムであれば、多くのファンを呼び込めるアーティストの方々、小さいスタジアムであれば、アーティストの方々が何人、何グループかで共同開催して、お休み期間の日程を全て埋めるくらいの勢いでコンサートを行うのが、日本では現実的かもしれません。
稲佐山でライブしがちなあのスーパースターは、ぜひ長崎スタジアムシティをたくさん活用してほしいなと思います。
以前のブログで、イングランドのスタジアムの収益確保の考え方のブログを書いていますので、そちらも参考にしてみてください。

人工芝にするのはどう?
人工芝にするというアイディアは、なかなか面白いものだと思いますが、こちらもデメリットがあるということを忘れないように。

以前このブログでも書かせていただきましたが、もう少し深堀してここで付け足して書いていきます。
利用頻度を上げることができるという視点や、ピッチコンディションが天候に大きく左右されないという視点は、人工芝のメリットとして大きいと思います。
特にドーム型にしてしまえば、外界の天候は全く気にする必要はありませんから。
実に素晴らしいと思います。
デメリット:こもった熱をどうするか
最も懸念されるのは、熱が逃げ場を失うことによる温度上昇でしょう。
日本国内における夏場の人工芝上でサッカーをしたことのある方ならご理解いただけるでしょうが、足が溶けそうな感覚に陥りますし、体力の消耗もすさまじいです。
そして、屋根が日光を遮る一方で、内部に入り込んだ熱気や、照明(今どきはLEDなのでよっぽど問題ない)・観客から発せられる熱が滞留します。強力な換気や空調がない場合、蒸し風呂状態になるでしょう。
そのうえ、天然芝には蒸散作用(水分を放出して温度を下げる機能)がありますが、人工芝は樹脂(プラスチック)とゴムチップ(最近は別の素材もあるが、多くはまだゴムチップ)でできていることで、これらは熱を吸収しやすく、直射日光や熱気を受けると、表面温度は容易に50℃〜60℃を超えます。
また、日本の夏特有の高湿度もあって、湿度が高いと汗が蒸発せず、体感温度(不快指数)が急激に上昇します。
選手だけでなく観客の熱中症のリスクも上がることでしょう。
じゃあ、ドームにすればよいのかというと、空調設備を導入しなければならず、ランニングコストはすさまじいものに。
実際に冷房のない屋内人工芝施設に入ったこともありますが、さっさと外に出たいなと強く願うほど不快でした。
完全密閉型のドームだと、空調完備は必須でしょうが、冷房を利かせるのにかなりのランニングコストが必要。半開放型、ベルーナドームのような場合では、風は入りますが、空調の効果は難しく、サウナと称されることがあるのは有名ですよね?
人工芝を最高のクオリティで維持することと、天然芝の維持管理のコストは実際どうか?
空調的な問題はそのあたりにして、私は芝生の専門家なので、ピッチコンディションの話をしましょう。
人工芝にすれば利用頻度を上げられるという視点は、素晴らしいと思います。実際に天然芝ほど目に見えるダメージは少ないです。
ですが、人工芝も気が付かないうちに摩耗していることをお忘れなく。
例えば、日本国内におけるプロ野球で使用されるドームでも、だいたい5年程度で張替えを行っています。
その理由は・・・
- 選手の怪我防止(クッション性): 人工芝の下にあるゴムチップ等のクッション材や人工芝パイル(葉っぱみたいな繊維)が劣化すると、地面が硬くなり、選手の膝や腰への負担が増します。使いすぎると繊維が寝てしまうので、クッション性はなくなってきます。
- ボールの挙動の安定: 芝が摩耗して寝てしまうと、打球の転がりが速くなりすぎたり、バウンドが変わったりして守備に影響が出ます。
- 見た目の美しさ: テレビ中継なども多いため、鮮やかな緑色を保つことが求められます。
このように、単に破れたから直すのではなく、選手のパフォーマンスと安全を守るために、メーカーの耐用年数よりも早い段階で最新技術のものへ更新されることが多いようです。
野球よりもサッカーの方がダメージが多く、クオリティを維持するための張替え頻度は多くなる
私はこのように考えています。理由としては以下の通りです。
1. 競技性の違い
- 野球: 守備についている時間は長いですが、実際に激しく動く瞬間は限定的。また、内野やベース周りなど特定の場所が傷みますが、土であるケースが多く、外野の広い範囲はそれほど踏み荒らされません。
- サッカー: 22人の選手が90分間、休むことなくフィールド全面を走り回ります。また、急なターンやストップ動作の回数が圧倒的に多いため、芝にかかる摩擦や負荷の総量が野球に比べて格段に大きい。
2. スライディングの質と頻度
- 野球: スライディングは主にベース付近で行われます。ベース付近は土であるケースが多いので、人工芝はあまり関係ないでしょう。
- サッカー: フィールドの至る所でスライディングタックルが行われます。これにより、芝のパイル(葉)が切れたり、寝てしまったりする劣化のスピードが速まります。また、選手が倒れ込む頻度も高いため、クッション性の低下(ゴムチップの流出や芝生が寝ている状態)は怪我に直結する可能性もあり、より厳しい基準での維持が求められます。
3. ボールの「転がり」への要求レベル
これが最も大きな理由かもしれません。
- 野球: 多少芝がへたって打球が速くなっても、それは「球場の特性」としてある程度許容される側面があります。
- サッカー: サッカーにおいて、芝の劣化によるボールの転がり(ボールロール)の不規則さは致命的です。微妙な凹凸がパスミスにつながるため、FIFA公認基準を維持しようとすると、見た目は綺麗でも性能的に寿命と判断される時期が早くなります。
アメリカの事例を参考に
アトランタにあるメルセデスベンツスタジアムでは、メジャーリーグサッカーのアトランタ・ユナイテッド、そしてアメリカンフットボールのアトランタ・ファルコンズの2チームが使用されています。
さらには、コンサートも頻繁に開催されていて、AC/DCやエドシーランが2026年には行う予定となっています。
まさに、人工芝ドーム型(天井は開閉可能)スタジアムの典型的な例で、多くの人が語る理想でしょう(アメリカの市場規模だからというのはなしで)。
ではこのメルセデスベンツスタジアムですが、どのくらいの頻度で人工芝の張替えが行われているのでしょうか。
2017年に開場したこのスタジアムは、2019年に全面張り替え、2022年に全面張替え、2024年シーズン前に全面張替えという頻度で行われています。
そして2025年にはクラブワールドカップがあったため、人工芝から天然芝にして、天然芝から人工芝に戻しています。2026年も同様の措置が取られます。
つまり、ワールドカップ期間を除けば、2年3年に1度の張替えを行っているとのことです。2019年から2022年の期間は、パンデミックだったこともあって、1年長くなっているのではないでしょうか?以下は張り替えた時のリリース記事です。



このように、プロフェッショナルが人工芝を使用する場合は、やはりしっかりとしたピッチコンディションを選手に提供するようになっています。
もし日本が人工芝を許可するのであれば、このクオリティの基準をどうするのか。クッション性や選手にかかる負荷を数値化して、良好な数値でない場合、開催は不可能などしっかりとした基準を設けてもいいでしょう。
現状としては、人工芝であっても適切に管理できるのか。本当に人工芝の方が収益が上がるほど管理費用を抑えられるのか、その場合に選手たちへのプレーにどのくらい影響があるのか。
このあたりを天然芝と比較していく必要があるでしょう。
日本が参考にした方がいい国は?
私が思うに、日本においてスタジアムを作る際に参考にするべきは、イングランドではありません。気候的に、芝生的にはイタリア、スペインの南部あたりを参考にするのが良いのではないかと思います。
まずイングランドを参考にしない方がいい理由として、気候が全く異なるためと、芝生の品種が異なるためです。
ではイタリアやスペインを参考にするべき理由としては、使用する品種が夏芝を使用している個所もあったり、気候も比較的温暖であること。そして目標とするならやはり5大リーグであるべきだと思うからです。
スペイン南部ではここ10年くらいで夏芝を使用するクラブがとても増えてきており、実際にラ・リーガでは半数近く採用しているとか。
イタリアは、温暖であるというのももちろんですが、屋根が部分的にしかないスタジアムもあったり、規模間の似たスタジアムがあったりするのも事実です。

Jリーグさんのおっしゃる屋根を付ける必要があるという理想は非常に面白いですが、ヨーロッパの国々でも屋根のないスタジアムが実際にあるのも事実で、プレミアリーグだけが海外のリーグではなく、様々なリーグ、そして可能なら日本に環境や気候が近い国々のリーグを真似していくのがベストだと感じます。
それは芝生の目線から見ても、そしてスタジアムを建設する側から見ても、屋根がない方が芝生が生育しやすいですし、比較的安価にスタジアムを建設できることにもなるので、世界中の事例をみていってもよいのではないでしょうか?
まとめ
日本の屋根付きスタジアムの芝生管理が苦戦している理由が伝わっていましたら幸いです。
グラウンズパーソンの努力だけではどうにもならない植物の性質があったり、まだこれといった解決策が見つかっていない中で、日々奮闘して少しでも良いピッチコンディションを維持しようと試みているのが、皆様に伝わっていただきたく思います(私は日本にいませんが・・・)。
そして今回ご紹介した夏芝と冬芝の違い等がご理解いただけましたら、Jリーグの中継を見ているときに心の中で応援してあげてください。
そして屋根付きスタジアムのピッチコンディションを非難している解説者や記者がいた場合には、このURLを張り付けて、「夏芝のDLIがね・・・」とロジックをぜひ説明してあげてください。


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