日本国内で多くのフットボールクラブが誕生してきた中で、天然芝の練習場やスタジアムが増えつつあり、また今後も増えてくると思われます。
そんな中で、私が一番考えるべきこと、それは芝生に対してどのように向き合うかだと思っています。
今回は、スタジアムや練習場を作るうえで、芝生に対してどのような考慮が必要なのかどうかについて書いていこうと思います。
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今までも芝生に関しての記事をたくさん書いてきましたので、
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なぜ芝生を一番に考える必要があるのか
そもそも芝生をなぜ一番に考える必要があるのか。ここから考えていきましょう!
スタジアムに足を運ぶお客さんのことを考えるのは、もちろん大事なことです。我々フットボールクラブはサポーターの皆様のおかげで成り立っています。
ですが、そのサポーターの方々は、何を、誰を見るためにスタジアムに来ていますか?
もちろん、9割以上の方はサッカーの試合で、そしてそこでプレーする両チームの選手たちのプレーのはずです。
そしてその選手たちがプレーするのは、どこでしょうか?
もちろん芝生の上ですね!
芝生を一番に考えるということは、その選手たちの足元の舞台について考えるのと同じです。
芝生の状態が悪ければ、選手たちは100%の力を発揮できない可能性もありますし、ケガをしてしまう可能性もあるわけです。
どうでしょう。応援しているクラブの選手がケガをしているところ、見たい人なんていないですよね?
また他にも、足元の芝生が悪ければ、ホームアウェイどちらにも限らず、ワクワクする面白いサッカーが出来なくなる可能性があります。
といった点で、まずは芝生をどうするのか、これが重要となってくるわけです。
天然芝のピッチを作るうえで、何が重要か
では、その選手たちの舞台となる天然芝のピッチを作るうえで、何が重要でしょうか。まずは何が必要かを書き、その後、どのように対策するのか書いていきます。
日当たり
まず1番は日当たりでしょう。
芝生に限らず、ほとんどの植物は光合成を行うにあたり、光が無くては成長することが極めて困難です。
芝生の場合は、光が不足すると徒長してひょろひょろした芝生になり、密度の強い芝生になりません。
そのため、根付きが悪くなったり簡単にめくれてしまったりする原因になります。
日当たりに関しては、後述します。
風通し
次に空気の循環ができること。
屋外の練習場などであれば、自然の風がありますから問題ありません。
しかし四方がスタジアムなどであれば、対策をしていたとしてもやはり屋外よりも空気の循環が悪くなってしまいます。
なぜ風通しが重要か。もちろんいくつか理由はありますが、1つは蒸れた空気を逃がすためです。
例えば、湿った土壌が乾くためには、光や熱も重要ですが、その空気を逃がすという空気の循環も同じくらい重要です。
土がずっと湿った状態が続くと、根腐れしてしまう可能性があります。
また他にも、湿った状態ですと芝生も病気になりやすくなってしまいます。人間も雨に打たれた後の濡れた服を着続けていると、風邪を引いてしまいますよね?
それと同じように、植物も健全な環境が必要です。
とはいえど、風が強すぎるのも、今度はボールが影響を受けるので、それもそれで問題ですが・・・
対策は、試合日以外にはこのような大きなファンを回して風の流れを作っています。

水
水に関しては、どの場所も近年ではまず間違いなくスプリンクラーが設置されるようになってきましたが、かなり前に作られたフィールドですと、スプリンクラーがないといった場所もありました。
植物、芝生にとって水は無くてはならない存在です。基本的に水と一緒に土壌中の栄養分を吸収するわけですし、そもそも水がないと枯れてしまうので、水の供給が出来るか否かは死活問題と言えます。
水に関しては、スプリンクラーという対策があるので、後述はしません。
芝生の品種をどうするのか
ここからは少し深い話になりますが、芝生の品種もスタジアムのピッチクオリティを維持するうえで非常に重要なピースとなります。
基本的には、冬芝と呼ばれる芝生は、夏芝と呼ばれる芝生よりも光の要求量は少ないです。そのため、日陰でも冬芝の方が夏芝よりも影響は受けにくいです。
ただし、日本の夏の酷暑を乗り越えるには、1年中冬芝では非常に難しいのも事実。
四方が屋根などに囲まれていないピッチであれば、夏芝で冬にオーバーシードを行えば、基本的に問題ないでしょう。オーバーシードなど基本的な芝生のことは、以前のブログからぜひご覧ください!

では屋根に囲まれているスタジアムの場合、夏芝でも問題ないかと言われれば、日当たりの比較的よい場所は問題ないでしょう。しかし中には1日中光が当たらない場所もあったりして、その場合は非常に厳しいのも事実。
このように、芝生の品種選びも重要になります。
対策は?
ではこれらの重要なポイントを対策するうえで、スタジアムではどうするべきでしょうか?
日当たり:屋根や周囲の建物を考える
日当たりに関しては、スタジアムの屋根そのものや周囲の建物をどうするかを考えなければなりません。
今のJリーグにおいては、新しいスタジアムを建設する際、屋根を求めているので、その屋根の材質をどうするのか。クリアな屋根にしている場合が多いです。


写真はエミレーツスタジアムとトッテナム・ホットスパースタジアムですが、こういった材質の物を採用して、観客席には雨が入らないように、そして芝生には可能な限り光が入るようになっています(といっても、ガラス越しの光で植物に足りるかと言えば・・・ですが)
また、周囲に太陽の光を遮らない建物がないことも重要です。東から西に動いていく際の導線に、建物がないことは極めて重要です。
エミレーツスタジアムの場合だと、このように吹き抜けが出来ていて、風通しの確保のほか、少しでも太陽光が入るような設計となっています。

といっても、四方を囲まれているスタジアムですと、太陽光を芝生に当てるにしても限界があるのは事実です。
その場合はどうするのか。皆さんの中には見たことがある方もいらっしゃるでしょうが、グローライトと呼ばれる補光機を使用します。

このようにライトを当てて、太陽光の足りない部分を補います。とはいえ、太陽光以上の存在にはなりませんが、冬芝にとってはありがたい存在です。
ライトに関しては以前のブログでより詳しく書いてありますので、ぜひご覧ください!

芝生の品種選び
先ほど「冬芝にとって」とお伝えしましたが、残念ながらグローライトは夏芝が要求する光の量には届かないのも事実です。太陽光は偉大です。
そのため、スタジアムで夏芝を使用しているところは、この光が当たらない場所をどのように管理するのか、多くの場所が苦戦しています。
だったら冬芝にしたら?という意見の場合は、先ほどもお伝えしたように、夏の暑さを乗り越えるのは、かなり厳しいです。
寒冷地などの場合はまだ良いですが、最近はそれでも暑くなってきているので、そろそろ限界があるのではないかと思っています。
一部のスタジアムの場合は、屋根を考慮して芝生の下にヒーティングシステムやクーリングシステムを導入しており、夏の暑い時期でも冬芝を育てやすくするテクノロジーを導入しています。
日本の現状に物申す
私個人の感想としては、Jリーグは理想が高すぎるように感じています。
先ほどもお伝えしたように、スタジアムに屋根がある場合、日本の酷暑を乗り越える場合、芝生の管理は極めて困難を極めます。
冬芝にしたとき、光が当たらない箇所にライトを導入することができるのか、そして冬芝で夏の暑さをどう乗り越えるのか、クーリングシステムを導入できるのか、こういったどのような芝生管理を行っていくのか具体的なプランや予算がなければ非常に厳しいのも事実。
地方に行けばそのような予算も限られるので、必然的に夏芝のオーバーシード方式になるところが多いでしょうが、光が当たらない夏芝を何年も育て続けるのも難しいので、張替えをどの頻度で行うのか、このあたりをしっかり理解したうえで予算計画をして、スタジアムを建設しないと、ハイクオリティのピッチを目指すことは困難と言えます。
イングランドプレミアリーグの場合、日本のように暑くないため、1年中冬芝で可能です。また資金も豊富にあります。だからこそ、あの屋根であってもライトなどそのほかのテクノロジーを駆使して、上手く芝生の状態を維持できています。
視察に来た方々がプレミアリーグのスタジアムに憧れるのは理解できます。しかしそれを日本で表現するには、ピッチコンディションをどのように維持するのかを含めた意見を取り入れて、持続可能なスタジアム建設を行っていただきたく思います。日本の四季はとんでもないですからね。
私自身も当然ながら、球技専用、サッカー専用スタジアムが日本国内に増えてほしいと思っています。しかし理想と現実は別だということも理解しています。
屋根を大きくするのも重要ですが、1番は選手たちが快適にプレーできる環境だと思うので、理想ではなく選手を1番に考えていただきたく思います。
また建設の際には、イギリスの場合、芝生管理者の意見も取り入れてから行われる場合が多いです。どうすれば芝生が良い状態を維持できるのかなど、管理者目線でしか話せないことが多くあるからです。
しかし日本では、建設が決まってから、「さて芝生はどうする?」というように、建設そのものに芝生管理者の意見がフィードバックされず、開場後にピッチコンディションが悪いのを芝生管理者のせいにするシーンを多々見受けられます。
このあたりが変わってくれば、スタジアムのピッチクオリティももう少し上がってくるのではないでしょうか?
もし今後スタジアムを建設されたいクラブや自治体、そして民間企業様がこのブログを読んで出さっていましたら、ぜひ日本国内の芝生管理者に当たっていただき、どのような屋根の角度や大きさにするのが、芝生を維持するうえで問題ないかなどの意見を取り入れていただけるようになることを願います。
現在日本国内にある屋根付きスタジアムの芝生管理者の方々が相当苦労されているのは、日々伝わってきます。このブログを読んでくださった方々が、今後こういった苦労があることを理解して、芝生管理に少しでも興味を持ってもらえればうれしいです。
まとめ
今回はスタジアム建設について書きました。
どの芝生管理者もピッチ上の選手たちがケガをせず、そして快適にプレーできるよう100%、常にベストを尽くしています。
しかしそれには極めて困難な環境があるのも事実です。それを知っていただけましたら幸いです。
とはいえ、こういった挑戦は何かしら新しい管理手法が見つかる可能性もあるので、ワクワクするのも事実。次の日本旅行では、屋根の大きいスタジアムに行こうかなと思います。
特にあの「スーパースター」がこけら落としライブを行ったスタジアムは絶対ですね。私もそこで虹を歌いたいです。
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