2026年FIFAワールドカップ開幕まで残り1年となった2025年。
選手の足元を支える芝生においては、実は2018年6月にアメリカ、カナダ、メキシコの3か国で開催されることが決定した年に研究の必要性が出てきて、現在2025年に至るまで、それぞれのスタジアムや練習場に合う芝生の品種は何か、そしてどういった管理手法がそのスタジアムや練習場にとって最適なのかといったことをFIFAは研究し続けていました。
実は2022年カタールワールドカップの時にも、砂漠地帯で芝生を生育させるうえでどういった課題があるのかといった研究を、ドーハで行われていました。
このように、FIFAは芝生に対して真剣に考え、いかに選手たちに最高のプレーをしてもらうかを考えています。(試合数が多すぎで選手に負荷がかかっていますよという指摘はNG)
少し長くなりましたが、今回のブログでは、この2026FIFAワールドカップに向けてどのようなことを研究してきたのか、そしてこのワールドカップにおける芝生の課題点は何か、選手にどういった影響がありそうなのかなど、私の考察も交えてご紹介していきたいと思います。
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ブログの作者Ikumi
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今までも芝生に関しての記事をたくさん書いてきましたので、
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芝生から考える2025クラブワールドカップの位置づけ
まずはワールドカップの話に移る前に、2025年に開催されるクラブワールドカップについても軽く触れておきましょう。
かなり大規模な大会となった今回のクラブワールドカップ。開催地はアメリカで、これは芝生にとってはちょうどよい実証実験になるのではないかと私は思っています。
というのも、今まではワールドカップの前年に、コンフェデレーションズカップというものが開催され、試合数こそ少ないものの芝生管理における一連の流れであったり、ダメージの量の想定が可能でした。
しかし2018年のロシアワールドカップを最後に、コンフェデレーションズカップは廃止に。以降大会フォーマットに似た芝生管理を行う機会というものが無くなっていたため、今回のクラブワールドカップは、芝生管理にとっては絶好の試すチャンスだと私は思っています。

まあ、クラブワールドカップ自体は、今まで行われていたコンフェデレーションズカップの興行的な不振を取っ払って、莫大な利益を得るためにFIFAが行っている、そして選手に負荷がかかる大会ではn・・・これ以上は何も言いません。
また、2024年にはコパアメリカがUSA(ややこしいので)で行われていましたが、そこでの芝生の酷評は凄まじい物でした。
そのため、芝生にとっては本番のワールドカップを想定した絶好のチャンスで、大会終了時には、様々な課題が出てくることでしょう。
2026年FIFAワールドカップの芝生における課題は何か?
開催が決定してからアメリカに拠点を構えて研究を行ってきていますが、いったいどんな課題があり、ここまでの期間研究しているのでしょう。
もともと人工芝のピッチ
今回試合が行われるスタジアムは全部で16会場。しかしその中でも8つは人工芝のピッチを通常時使用していて、そのうちの3つのスタジアムは、今まで人工芝を撤去して天然芝のピッチを敷き詰めて試合を行ったことがないとのことです。
そもそもなぜサッカーが天然芝にこだわるのかというと・・・
- サッカーのルーツは土に根ざしているということで、イングランドの芝生文化の広がりで始まり、その後何世紀にもわたって天然芝が標準だったことから、FIFAは、ワールドカップをそのルーツに忠実に保つことで、この伝統を維持しています。
- 選手の負荷軽減:ある調査機関によると、天然芝はインパクト、スライド、転倒時にプレーヤーの筋骨格系への負担を軽減する柔らかい表面を人工芝よりも提供しているとのことで。これにより、選手のケガのリスクが軽減され、プレー中のダメージが軽減されます。
- 熱を下げる:芝生は人工芝よりも自然であり、なおかつ人工芝のような熱がこもることがないため、特に日当たりの良い激しいプレー中には人工芝よりも涼しいままです。涼しい状況であれば、プレイヤーの疲労を防ぎ、高品質のプレイを確保するのに役立ちます。夏の人工芝の上に立ったことがある方は分かると思います。
- サステナビリティ:FIFAはサステナビリティと環境への配慮を重視しており、持続可能な方法で管理された天然芝のピッチは、合成繊維にはない方法で生態系をサポートします。例えば人工芝の場合、ゴムチップが環境や人体に悪影響を与えるといった話や、マイクロプラスチック問題などもあるためです。
というように、FIFAの公式大会は必ず天然芝でなければいけません。
このサステイナビリティという点は、個人的に人工芝を撤去して天然芝にして、そして大会後に人工芝に戻すというのはどうなのか?という点には疑問しかありません。あまり言いすぎると怒られそうなので辞めます
ここで必ずご指摘があるため、一応補足しておきますと、ハイブリッドターフ技術はFIFAも公認しており、5%までであれば人工芝繊維の補強が許されています。
ハイブリッドターフに関しては、以前のブログで書かせていただいていますので、ご覧ください。

ちなみに人工芝だったところは、散水設備もどうするのか。このあたり気になりますね。
というように、天然芝にしたことのないスタジアムや、普段天然芝ではないスタジアムが多く活用されるこの大会は、課題が山済み。他にも様々な課題があります。
5つが完全ドーム型
人工芝のスタジアムの課題は、天然芝での利用をほとんど想定していないこと。
NFLのゲームを見たことがある方はなんとなくお分かりでしょうが、屋根がやたらデカかったり、もはや日光が入るのか入らないのか、そして完全なドーム型になっているスタジアムがあったりします。
この環境下で天然芝を育てるのは至難の業。日本国内の屋根付きスタジアムの天然芝管理が苦戦しているニュースなどはたびたび目にしている方もいらっしゃるでしょうが、まさにそれと同じくらい大変です。
会場によって気候が異なる点
北はバンクーバー、南はメキシコシティと南北に広く行われるこのワールドカップは、当然ながら気候が大きく異なるため、芝生の品種も考えなければなりません
こちらの地図はWikipediaさんから。このように16会場が使用されることになっています。

もともと天然芝で維持してきたスタジアムであれば、開催時期にどのような管理手法を行えばよいのかは分かるはず。
しかし人工芝だったところの場合は話は別。
例えばロサンゼルスのSoFi Stadium。調べたところによるとロサンゼルスはこの季節30℃に達し、そして湿度もかなり高いとか。
このスタジアムはマトリックスターフという人工芝を普段使用していますが、当然ワールドカップにおいて使用はNG。天然芝に変更します。
ここで芝生の品種を何にするのかは大きな課題。気温的にはバミューダグラス、いわゆる夏芝を使用するのがセオリーですが、屋根がこれだけ大きな環境であれば日当たりが悪く、バミューダの生育には不向き。
グローライトを使用するにしても、ライトの光量ではバミューダの要求する光量を満たすことが出来ないため、それなら冬芝にするのか?
しかし冬芝でこの湿度と気温を乗り越えるのも難しい。うーん、、、詰んでいますね。
当然人工芝だったので、地温コントロールシステムも導入されておらず、ライトくらいであれば導入可能でも、地温コントロールまでこの大会だけのためにわざわざ導入するかと言えばまずないでしょう。
一応今のところ夏芝系統で大会に挑むといわれています。もちろんハイブリッドターフのカーペットタイプも導入するとか。
実際に2025年にはそのテストも兼ねてカーペットタイプのハイブリッドターフを使用して実証したとのことで、本番はどうなるのか気になるところ。
下がコンクリート
人工芝が敷いてある下は、当然ながらコンクリートです。
ということは、天然芝をこのコンクリートの上に持ってくる必要がり、そこで生育させなければなりません。
課題点としては、排水性の課題、そしてクッション性をどうするのか。
実は2024年夏にコパアメリカがUSAで開催されていましたが、そこではあるスタジアムにおいてクッション性が全くなく、とあるGKから災害級とピッチコンディションに文句を言われてしまいました。
排水性に関しては、Permavoidと呼ばれるものを芝生の下に敷き詰め、空気と根の成長を手助けするとか。
いずれにしても、選手にとっての影響はかなり大きそうな気がします。特に雨の日は気になります。
もちろん他にも様々ありますが、代表的なところはこれくらいです。
何を研究しているのか?
では、芝生の研究とは、いったいどのようなことを行っていたのか。このあたりも書いていきます。
ちなみに研究には、テネシー大学とミシガン州立大学の芝生の専門家が研究に協力されたそうです。
どの芝生の品種が各スタジアムに適しているのか
まず芝生の品種を選定するのにあたって、その環境にあったものを選ぶ必要があります。
先ほども書きましたが屋内の場合は、グローライトを使用したときとそれ以外での生育の差、気温、日照時間、それらによって生育にどのような変化があるのか。
一言に夏芝、冬芝と言っても、その中に様々な品種が存在し、日陰に強いものもあれば、暑さに強いものもあり、その中から最適なものを選び出す必要があります。
特殊環境下での生育の違い
そしてコンクリート上での生育の違いや、プラスチック(Permavoid)の上における生育の違い、こういったことも研究したそうです。
人工芝が使用されているスタジアムでは、さすがに地盤の改良までを行うほどの時間はないため、コンクリート上や、プラスチックのものの上に芝生を持ってくる必要があり、それらが生育にどのような影響を及ぼすのか、これらも検討す不必要がありました。
圃場の芝生の生育
そしてもちろん、人工芝が使用されているスタジアムでは、天然芝を持ってくる必要があるため、その輸送手段であったり、どのハイブリッドターフを使用するのか、どのように設置するのか、散水頻度はどうするのかなどの管理手法も一緒に検討されたそうです。
その天然芝を生育するにあたって、どの地域で育てられた天然芝が最も良いのか、また一気に広大な面積の芝生を必要とするので、圃場にもトップレベルのグラウンズパーソンが必要となり、その圃場のクオリティも求められます。
解決策は?
もともと天然芝だったスタジアムは、今回のコンペティションを乗り越えるにあたって、よりシビアに管理していく必要があるでしょう。
とはいえ、課題と言ったらいかにダメージ量を最小限にして、補修していくのか、といった点でしょう。
一方で人工芝だったスタジアムは、天然芝にするうえで、様々な課題を解決する必要があります。
解決策としては、天然芝を自然環境の下で生育し、それをスタジアムに運ぶ方法。これはウェンブリースタジアムでも行われていますが、わずか数日で天然芝をスタジアムで稼働できるようにする画期的な方法です。


例えば、もし人工芝を撤去してからすぐに天然芝の種を播種したとしても発芽に1週間、完全に利用できるようになるには最低でも1か月以上は必要です。特にバミューダの場合は、種から育てることはほとんどないため、すぐに使用するといった状況では適していません。
そのため、圃場などよそで何カ月も育てた芝生を持ってきて、大会期間中はその天然芝で乗り越えるというわけです。
ただ、私個人的に、これだけの試合数を乗り越えることが出来るのかという点には少々疑問が付きます。
今回の2026年の大会では16のスタジアムで104試合が行われます。そして基本的に1会場だいたい8試合程度行われます。

また、中2日で行われる試合会場もあり、これだけの試合数を、設置したばかりのピッチが果たして最後までクオリティを維持できるのかは疑問が残ります。
まずこの点においては、2025年8月にウェンブリースタジアム行われるコミュニティシールドのカーペットタイプのピッチを見て、どの程度のダメージが入るのかを見てみたいと思います。
また、グローライトにおいては、置く場所がなくて困るパターンも多いので、ダラスのAT&Tスタジアムでは、まさかの世界初、天井から吊り下げたグローライトを使用するとのこと。

日本の屋根付きスタジアムの解決策になりますかね?笑
選手への影響
芝生管理において最も気にするべき点は、選手がいかに快適に最高のプレーができるかどうか。
では、この2026年ワールドカップにおいて、それが保証されるのか、どのような影響がありそうなのかを、個人的に考えてみました。
ケガ
まず気になるのがケガ。圃場からスタジアムへ天然芝を持ってきた場合、1試合だけならまだしも、8試合もやるとなれば、完全に根付いておらず、ピッチのダメージも多くなり、芝生が無くなっていき、クッション性などがなくなり選手のケガに直結する場合も考えられます。
特にどれだけ芝生の下にクッション性の高いものを置いたとしても、コンクリートの上に天然芝を持ってくるだけでは、選手への負荷もそれなりにあるかと思います。
このあたりは要注目。
また、アーセナルのプレシーズンマッチでは、近年よくアメリカを訪れていたため、そのスタジアムの芝生の質を少し耳にしましたが、芝生を張った直後のクオリティの低さは・・・でした。
隙間は空いているし、凸凹しているし、ボールがまっすぐ転がらないし、地面が安定しないし、、、という話を耳しているため、正直不安。さてどうなる。
ボールの転がり方
夏芝と冬芝を試合会場ごとに異なるものを使用すること、また会場によって大きく気温が違うこともあり、ボールの転がり方への影響も多少あるかとみています。
まず芝生の違いにおいては、例えば夏芝の場合は少し葉が硬いものが多い傾向があるのに対して、冬芝は柔らかいものが多い傾向があります(もちろん種類による)。
そして少し専門的な話しをすると、ほふく茎があるものとそうでないものなど、ボールの転がり方や、踏んだ時の感触が若干異なる芝生もあるため、このあたりはプレーに少し影響してきそうです。
芝生の長さにおいては、FIFAの規定で20mm-30mmというルールがありますが、草種によっては同じ長さでも、葉の密度などでボールや選手への抵抗も増えたりしますので、このあたりも要注意。
また、気温が会場によって高いところも低いところもあり、芝生の表面が乾きやすいところと45分間濡れたままのところといったスタジアムもあるでしょう。
基本的に試合前に散水するというのは原則ですが、夏の場合は暑いためすぐに乾きます。ハーフタイムにもう1度散水しますが、ハーフタイムまでの間に乾いてしまうことも。
乾けば当然ボールの滑りが悪くなるため、よりしっかりボールに力を伝えなければいけません。
反対に乾かなければ、それだけボールの転がりも早くなるので、力のコントロールやトラップの質も必要です。
このように会場によっては選手たちも芝生に合わせた技術力も試されそうで、このあたりにマッチできるのかどうかも、試合結果に大きく影響してきそうな気がします。
じゃあ試合前にたくさん散水すればという意見も出てきそうですが、逆に芝生にダメージも入りやすくなり、プレー環境が悪くなる場合もあるので、そこは会場ごとにヘッドグラウンズパーソンの頭脳が試されそうです。
大会後はどうなる?
人工芝だったスタジアムは、天然芝を撤去して人工芝に戻ります。
正直、そこまでして参加チームを増やして、試合数を増やす必要があったのかという点には疑問です。持続可能、サステイナビリティという点にはマッチしていないように感じますが、FIFAさんはどうお考えなのでしょうかね。
今後のワールドカップ
試合数が増えたことで、試合会場も増やさなければならなくなりました。
2022年のカタールワールドカップでは、64試合を8会場で回していましたが、正直お金に余裕があるからできていただけで、普通のところではこの8会場だけではかなり維持するのは厳しかったように思います。
カタール大会の芝生に関しては、以前ブログでまとめていますので、そちらもぜひ。


そして今回は16会場で全104試合。(4年前の私の予想通り、12会場から4会場増やした16会場になっています)
2030年はモロッコ、ポルトガル、スペインの3か国、そして2034年はサウジアラビアがホスト国となります。
サウジアラビアはともかく、今後単独開催は、たくさんのスタジアムを持ち、そのうえでそれぞれのキャパシティが相当数ある国でないと、ほぼ不可能になってくることが考えられ、日本のワールドカップ単独開催は、正直絶望的と言えます。
日本ではスタジアムの数や規模が足りていないのもそうですが、単純に芝生管理者もかなり不足しているため、このあたりを考えていかないと厳しいでしょう。
日本国内で芝生管理者を目指したい方はぜひ、芝生キャリアという求人サイトをご活用ください!

気になるので、大会までに私は現地視察に行きます
ちょっと気になってきたので、北中米にでも行ってきたいなと思います。
さすがに今から行ってもセキュリティが厳しいので、入れてもらえないと思いますから、日本代表の試合会場が決まったら、そのスタジアムの視察に行ってみます。できればUSAとメキシコは嫌だなー。平和なカナダが良いなー。
可能ならワールドカップのマッチデースタッフもできないかなと交渉もしてきたいなと思います。
こうやってたくさんのことを書いていますが、やはり現地の方々とやり取りするのが1番早いですからね。
まとめ
試合数はともかくとして、2026年W杯に向けて、FIFAが「芝生」にこれだけの投資と研究を重ねてきた背景には、ピッチが選手の命を預かるものであるという認識があることは間違いないでしょう。
見た目の美しさだけでなく、安全性・プレー性・持続可能性すべてを満たす「最高のピッチ」が求められているワールドカップの舞台を支えるグラウンズパーソンの活躍にも要注目。
1年後、我々はその成果をピッチの上で見ることになるので、今から楽しみです。
それではまた。
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