コラム:最新鋭の技術が詰まったトッテナム・ホットスパースタジアムの全貌【芝生編】

サッカー記事

前回ご紹介したトッテナム・ホットスパースタジアム施設設備編からお時間が開きましたが、今回はいよいよ選手たちが実際にプレーするピッチ上の話をしていきたいと思う。

グラウンズマンの人数

まず、グラウンズマン(芝生管理作業を行う人)の人数は20名ほど。そしてそのヘッドグラウンズマンを務めるのがウェイン・ビリング(Wayne Billing)さん。@ WayneBillingでツイッターアカウントを行っているので、最新のスタジアムの管理情報を見たい方は一度覗いてみるといい。ちなみに、スタジアムで20人の芝生管理者がいるのは日本ではまず考えられないことであり、多くても10人以下くらいで少ないところだと2、3人といった人数だ。いかに芝生に対してお金をかけているかよくわかるだろう。

使用している機械について

続いて使っている機械についてだ。このスタジアムで使用している芝刈り機は手押しだ。なぜ手押しの人が歩いて使う機械なのかというと、スタジアムなどの閉鎖された空間で生育されている芝生は、普段の外で管理されている芝生よりも日光が当たらない。

そのためグローライトを当てたとてどうしても自然環境で育っている芝生より生育が悪く弱くなってしまう。そこに人が乗って行う芝刈り機(乗用の芝刈り機と呼ぶ)を使って芝刈りを行うと、その機械の重量によってタイヤの跡がついてしまったり、小回りが利かずピッチの端っこに踏圧が集中してしまったりとその部分だけ生育が弱くなってしまうなどデメリットが多い。

そのためスタジアムは練習場などとは違って手押しの芝刈り機を導入することが多い。日本でも最近のスタジアムでは、手押しの芝刈り機を使っているところが多くなってきた。もちろん乗用の芝刈り機の方が速く作業が終わるし人数も必要ない。

だがそれ以上に芝生のことを考えてあえて時間のかかる方法を選んでいるのだ。ただし、イングランドの多くのスタジアムの場合は、手押しの芝刈り機の台数を増やして人数を増やして時間を短縮するといったことで、乗用の芝刈り機以上の速さで芝刈りを終えている。

話を戻すが、ここで使われている芝刈り機は、アメリカのCub Cadet社のInfinicutという電気式の芝刈り機だ。皆さんがイメージする芝刈り機のイメージでは、おそらくかなり大きな機械音がしてやかましいといった印象をお持ちの方が多いことだろう。

しかしこの電気芝刈り機では作業音がほとんどなく、ヨーロッパのスタジアムで多く行われているスタジアムツアー中であっても作業ができるなど、スタジアム自体を興行収入としているチームにとっては大きなメリットとなり、見学時の作業も可能であるなど時間短縮にもつながる。そして電気で動くということは、自分たちのスタジアムで充電することが可能でわざわざ燃料を入手する手間が省けるほか、CO2の排出もないなど非常にクリーンな機械となっている。近年環境問題への意識が高いヨーロッパでは、このような機械が今後は増えてくることだろう。

そしてそんなスタジアムには日本製の機械も使われていた。もう1つご紹介したい機械が本田技研さんのロータリーモアといわれるものを使用している。

このロータリーモアというのは、通常であれば芝刈りを行うための機械であるが、ここでは前方にブラシを付けて芝生の間にある枯れた芝生やプレーで剥がれた芝カスなどを地際からかきだして回収する目的で使われている。

以前のブログ記事で話したかもしれないが、この枯れた芝生などを残しておくと、藻やコケの発生などが起こりやすくなり、芝生が病気になってしまったり、選手が足を滑らせてしまう可能性がある。これらを予防できる措置として常に芝カスを回収するのは、見た目だけでなく芝生のためを思っての作業だ。

こちらが電気式の芝刈り機
こちらがホンダ製のロータリーモア。画像はイメージ

ピッチ上の芝生について

機械については他にもいろいろあるが、これ以上話し出すと書ききれなくなるので、ピッチ上のことについてお話していきたい。使われている芝生の品種はペレニアルライグラスが100%。芝生の長さはプレミアリーグの規定で決められている25~30mm(日本のJリーグには規定はない。芝生とサッカーの戦術に関しては過去のブログを見てほしい)。

ハイブリッドターフについて

そして日本でも近年少しずつ各地のスタジアムで採用され始めているハイブリッド芝を採用しており、デッソ社のプレイマスターと呼ばれるカーペットタイプのものを採用。ハイブリッド芝に関しては、また後日別記事でブログを書かせていただくが、おもにカーペットタイプと打ち込み式のステッチタイプ、人工芝繊維補強式の3種類がある。

ハイブリッド芝(ハイブリッドターフ)ってどんなもの?
近年日本でも導入されたハイブリッドターフっていったいどんなもの? その疑問をここでは解決!!

イングランドで多く採用されているのが、デッソグラスマスターと呼ばれるステッチタイプのもの。これを採用しているスタジアムは、リヴァプールのアンフィールド、マンチェスター・シティのエティハド・スタジアム、マンチェスター・ユナイテッドのオールドトラフォードなど名だたるスタジアムが採用している。

なぜトッテナム・ホットスパースタジアムのハイブリッドシステムがカーペットタイプを採用したのかは聞くことができなかったが、おそらく可動式のスタジアムであるということが考えられる。

ステッチタイプだと人工芝を打ち込む際に繋ぎ目に当たりかねず、時間も大幅にかかる。時間がかかるとこのスタジアムが目指すアメフトやコンサートといったサッカー以外での利用の収入が見込みにくくなる。

そのため施工に時間のかからないカーペットタイプを選んだことで、時間短縮もでき、そしてつなぎ目に関係なく敷くことができるカーペットタイプを選択したのではないだろうか。このハイブリッドシステムを採用したことにより、たとえ光が当たりにくい弱い芝生であっても簡単に芝生がはがれにくくなり、強度を保つことができるようになった。(前提としてヨーロッパでは年に1回は芝生を張り替えているため、その際の時間短縮が収益に繋がる)

送風機について

スタジアムの内部は隔離された空間であることは以前からお話していると思うが、光だけでなく風も芝生の育成に重要なファクターの1つだ。しかしスタジアムには風もなかなか入ってこない。日本のスタジアムでは客席の下に少し高さを設けることで、そこに風が入り込みスタジアム内にも風を入れている(写真は吹田スタジアム)。

客席下の黒い部分が風が抜けるスペースになっている

しかしこのデメリットは、客席数が少し減ってしまうのと、観客により臨場感を与えるために選手と同じくらいの目線での試合観戦ができなくなってしまう点だ。それを解決するためにこのスタジアムでは人工的に風を起こす機会を採用しているこれがSGL社製の送風機だ。

これは日本の新国立競技場にも採用されているが、これによってピッチ上に風を送り込み空気の循環を起こすことで空気の入れ替えを行い芝生が呼吸しやすいようにしている。また、夏場の暑い時期にはここで採用されているペレニアルライグラスは以前お話した分類で冬芝に該当するので暑いとさらに弱ってしまう(芝生のお話は以前のブログで紹介したので気になる方は観てほしい)。

しかしこの送風機であれば霧状にした水、いわゆるミストを出すことができて、その気化熱によって気温を下げることができる。それよって芝生を弱らせることなく維持することができるのだ。

グローライトについて

機械、風と紹介したが、忘れていけないのが光だ。以前のブログでもお話したが、このスタジアムでは透明とはいえ屋根があるため、100%の強さの光が芝生に届きにくい。そのためここではグローライトを採用している。

とはいえグローライトは、近年日本でも少しずつではあるが様々なスタジアムに採用されてきており、物珍しいものではなくなってきているはずだ。しかしこのライトには欠点があった。それはライトを当てるためにわざわざ移動させる必要があって、なおかつ芝生の上に常にタイヤが乗っている状態になるのだ。

正直なところ、これを欠点と呼ぶ人は今まで誰もいなかった。我々グラウンズマンもそういうものであるという認識で過ごしていたし、このタイヤの部分の踏圧は気になるものの、それよりもダメージの大きな個所をまずは回復させることを優先しようとしていたからだ。

この欠点ともいえる部分に目を光らせたのがこのスタジアムでありトッテナム・ホットスパーというチームだ。さすがに目の付け所が違うと言わざる得ない。採用されているのは先ほどの送風機と同じメーカーのSGL社。

このライトは普段は北側のゴール裏にすべて格納されており、必要な時にそこからコントローラーで動かす仕組みになっている。およそ5分ほどで1機120tほどのライトが地上に姿を現し、移動の際にはピッチの長尺外周にレールが出てきて、そこを移動する形でピッチ上を移動する。

この踏圧を気にせず、また芝生を踏むことなく移動できるシステムを作り上げたのは、イングランドの芝生を大切にする文化の象徴といえるだろう。

人工芝へ変わりアメフトやコンサートが可能に

そして、このスタジアムの最大の特徴は、ピッチ自体が人工芝と入れ替わることだ。これに関しては少し前回の施設設備編でご紹介したが、まず外周の監督たちが座っているベンチ前テクニカルエリア付近の人工芝が起き上がり、天然芝が3つに分割されてその下から人工芝が出てくる仕組みになっている。

ではこの天然芝はどこへ移動するのだろうか。その答えは南スタンドの下の駐車場に収納されるのだ。問題はこの駐車場というさらに窮屈な場所で天然芝が育つのか。それを解決する秘密が駐車場には隠されており、普段の証明は明るく照らすだけのごく普通なLEDライトだが、芝生が入った時には植物工場でよく見るようなピンク色のような紫色のような色で芝生を照射して生長を促す。

では芝刈りはどうするのか。無人の小さな機械たちがこの狭いスペースで芝刈りをしてくれるのだ。自然光と違ってやはり成長スピードが遅いため、大きな機械ではなくとも芝刈りを行うには十分というわけだ。

人工芝にするメリットとしては、アメフトやコンサートといった芝生にとってダメージの大きい競技やイベントを天然芝で行うことを避け、天然芝で行うサッカーのプレイングクオリティを落とさない狙いがある。

まとめると、トッテナム・ホットスパースタジアムは、イングランドの芝生を大切にする文化を象徴するものが多々あった。グローライトの踏圧を防ぐことや、アメフトを天然芝でなく人工芝でプレーしてもらうようにするなど。

またそれだけでなく、芝刈り機を電気式にするなど環境問題を意識した管理には日本も見習うべき点は多々ある。このような世界に衝撃を与えるスタジアムが日本でもいつか現れる日を目指して、我々グラウンズマンは日々芝生と向き合っていこうと思う。

トッテナム・ホットスパースタジアムの紹介は以上。今後とも様々な芝生に関する記事やもちろんトッテナム・ホットスパーのことも書かせていただくので、今後ともよろしくお願いいたします。

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