サッカーを観戦するうえで必ず見るものがある。それはボールやスパイクといった道具だけでなく、ピッチ上の芝生だ。ただの緑色の植物だと思われる方もいらっしゃるかもしれない。
しかしこの芝生こそ、サッカーの戦術などに大きく影響しているものであるということまで詳しい人は少ないだろう。
芝生が生きていてこそ初めてプラスアルファの効果を発揮するのだ。今回は、芝生がもたらすサッカーのプレーへの影響と、それがもたらす芝生管理の難しさといったものをご紹介していきたい。
芝刈りが必要なわけ
まず、そもそもなぜ芝刈りを行う必要があるのか。最も大きな要因としては、ほったらかしてしまうと伸び放題荒れ放題の耕作放棄地などと変わらない景観になってしまう。
こんな状態のグラウンドではボールも転がらないだけでなく、走りにくい。そもそも管理しなくてはプレーできる環境にはならない。それは誰もが理解できることだろう。ではなぜ、高頻度で芝刈りを行う必要があるのか。その理由はいくつかある。
まず1つは見た目の問題だろう。以前のブログの記事で芝生の模様は芝刈りの方向によってできるとご紹介したと思うが、それだけでなくプレーなどによって芝生の上に落ちた芝生のカス(我々はこれをサッチカスと呼ぶ)を回収することもできる。これにより景観のきれいさを保つことは可能だ。
もちろんメリットは見た目だけではない。葉っぱ同士の重なりが少なくなり、下の方にいた葉っぱに日光が当たるようになる。
また風通しも良くなる。これらによって植物が成長に必要な光合成がしやすくなるだけでなく、ジメジメしたところを好む芝生の病気が発生しにくくなる。
そして何より、芝生が強くなるという面が大きいのではないだろうか。
植物というのは非常に面白いもので、芝刈りなどで上の部分を切り取ると、これ以上上へ生長できないと判断して芝生の草種次第だが、ほふく茎(横に伸びる芝生の茎)や分げつ(根元の方から葉っぱが出てくる)を行うようになる。
また根っこを伸ばそうともする。するとどうなるか。根が伸びれば芝生を支える足元が強くなるので、簡単にめくれあがったりしなくなる。
そして芝生がほふくしていけば、芽数が増えていくと、これもめくれにくくなったりする。
イメージとしては、ベッドのスプリングのようなもので、10個のスプリングで支えるのと20個のスプリングで支えるのでは圧力の分散の違いはよくわかるだろう。
これと同じように、支える芽が多ければ多いほど圧力が分散して結果的に芝生がめくれにくくなる。
もちろん、芝刈りだけで芽数が増えるわけでも根っこの量が増えるわけでもない。葉っぱや茎という芝生が栄養分を貯蔵している部分を刈り取ってしまうわけだから、芝生にとってはたまったものではない。
適切なタイミングの肥料あってこそ、芝刈りが順調にできてより高いクオリティになる。しかしこれらの根底には基本中の基本の芝刈り作業があるということだ。
サッカーのプレーにおいても芝生の管理が行き届いていると、プレーしやすいともいえる。まずメンタル面の話だが、汚い大荒れなグラウンドでプレーするのと、きれいに整った芝生の上でプレーするのではやる気が違ってくるだろう。
自分はいつも、選手たちがここで早くボールが蹴りたいと思ってもらえるような芝生つくりを目指している。
話を戻して、芝刈りをすると、芝生の高さが一定になることでイレギュラーなどを起こしにくくなり、プレーへの干渉を最小限にできる。我々は目立たないことがモットーともいえ、芝生が目立つときは基本的に荒れた状態の時が多いことは皆さんも存じ上げているだろう。まずはきれいに見せるというのも、管理者にとって必要なスキルなのだ。
ではここからはお待ちかねの芝生とサッカーのプレーへの影響を話していきたい。
ピッチに水を撒く理由
まず、よく目にする機会が最近は増えているが、練習や試合前になぜ水を撒いているのか考えたことはあるだろうか。考えなくてもわかる人は多いかもしれないが、1つは水によって芝生の上でボールが滑りやすくなることによって、ボールスピードが上がることだ。
これはおもにパスを主体とした戦術を好むチームが多く取り入れている。しかしボールが滑るということは、選手も滑りやすい条件でもあるということだ。
そのため海外ではスパイクを取り換え式にして、金属の鋭いスタッドで滑りにくくしている。日本でも近年では試合前に水を撒くスタジアムも増えつつある。
もう1つの要因としては、地面が水を含むことにより柔らかくなってクッション性が増すということだ。プロの練習前に散水するのを見かけた方がいるかもしれないが、その理由はボールスピードを上げて技術力を高める以外にも、連戦の疲労を少しでも少なくする狙いもあるのだ。
試しに地面の硬さを測る装置で測ってみると、確かに柔らかくなっていることが確認できた(この写真は公開できません)。たかだか水を撒くだけでも選手のコンディションに影響してくるということがよくわかるだろう。
しかしながら、個人的にはユース以下プロ以外の選手が試合前に水を撒くことはあまりおすすめしていない。その理由として、滑りやすくなるため、金属スタッドの付いたスパイクを着用する人も多いだろう。まず金属スタッドは、鋭いがその分突き上げが強く感じるため、かなりの疲労感を感じやすい。そしてスタッド(靴底のポイント)も少ないため、より圧力がかかりやすく、筋力の少ない未成年にとっては筋肉系のトラブルを起こす要因となってしまう可能性もある。逆に固定式だと滑ってしまう可能性もあるので、結局のところ、水をまかない方がよいというのが私の持論だ。
芝生の刈高とサッカーの関係性
サッカーと芝生でよく耳にすることがあるのが、芝生の刈込んだ後の高さ(刈高)だろう。皆さんも分かると思うが、芝生が短ければボールは早く転がりやすくなり、芝生が長いとその分抵抗が増すのでボールが転がりにくくなる。
一般的には、パスサッカーを主体とするチームや監督の志向が強いと、その練習場やスタジアムの芝生は短く管理されることが多い。しかし上記でも述べたが、芝生を短く管理するということは、養分を蓄えている葉や茎を刈り取り短くするということなので、その分ダメージが増えてより管理は難しくなる。
パス主体のチームのグラウンズマンは、こういったシビアな条件で仕事をしているというのを、応援しているチームのスタイル含めて頭に入れておいてほしい。
話を戻そう。短くすればパススピードが速くなるということは、逆に言えば、あえて芝生を長くして相手のサッカーを封じるというのもできるわけだ。
例えば過去にはこんな話もある。ジョゼ・モウリーニョがレアルマドリーを率いていた10/11シーズン。この時のバルセロナは世界を制するパスサッカーで有名なチームだった。
そんなチーム相手にシーズン最初のバルセロナホームの試合では0-5でマドリーは敗北。この時のカンプ・ノウの芝生の長さは20mm以下。
そして迎えたシーズン後半戦のベルナベウで行われた一戦では、モウリーニョは奇策に打って出る。なんと芝生の刈込と試合前の散水を禁止したのだ。
それによってなのか、この試合では1-1の引き分けに持ち込むことに成功。この時の芝生の長さは30mm以上といわれ、かなり長い状態だったようだ。
これ以降、パス主体のチームに対しての作戦としてのトレンドとなった。モウリーニョは芝生すらも味方にすることを思いついたといっていいだろう。
しかし、芝生を長くし過ぎると、ホームアドバンテージを得るだけでなく、自分たちもマイナスになってしまう可能性があることは覚えておくべきだ。
これも実例がある。2017年9月16日に行われたヘタフェvsバルセロナ(1-2)では、いつもの対策としてグラウンドの芝を長くした。
しかしその影響なのか、両チーム1名ずつ負傷してしまうゲームとなってしまった。芝生が長いと、かなり走ったり歩いたりしにくくなる。それによって足が芝生に取られてしまった可能性がある。このように、チームの戦術だけでなく、選手のコンディションにまで芝生というものは影響を与えているのだ。
まとめ
まとめると、芝生は現代サッカーにおいて戦術の1つにもなりうる重要なピースになりつつある。もちろん、近年急速に開発が進む人工芝でも、水をまけばボールの転がりは早くなるが、芝生を短くしたり長くしたりすることはできない。これは天然芝だからこそできるホームアドバンテージといえる。天然芝でプレーする良さというものを、多くの人に感じていただきたい
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