たまには真面目に。
ここ数年、サッカー界で「ACL(前十字靭帯)断裂」という言葉を耳にする機会が急増しています。
2023-24シーズン、プレミアリーグでのACL負傷者はシーズン全体でわずか4名。
それが2024-25シーズンには、同シーズンの終盤である2025年4月時点で11名。約2.75倍と急増(Chris Bailey Orthopaedics / GiveMeSport)。
同シーズン、ヨーロッパ5大リーグ全体の怪我件数は4,456件に達し、これは過去5年で史上2番目に多い数字になりました(Howden Men’s European Football Injury Index 2024/25)。
選手たちがこの過密日程に対して声を上げ始めているのはみなさんの記憶にあるでしょう。マンチェスター・シティのロドリは「ストライキも視野に入っている」とまで言い、その数日後にACLを断裂。
ケガの原因として「過密日程」が最も多く語られますが、確かにそれは正しいと思います。
しかし私は、もう1つの視点を加えたいです。
選手が壊れる前に、ピッチも壊れているということです。
今回紹介する論文からのデータは、あくまでも天然芝、人工芝、そしてハイブリッドターフに関して機械的に計測した数値を基に書かせていただいており、これがケガに必ずしもつながるかというわけではなく、そのあたりは私自身の考察も交えて書かせていただきます。
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ブログの作者Ikumi
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芝生キャリア
試合数の増加は、選手だけでなく芝生にも直撃する
2024-25シーズンから始まったUEFAチャンピオンズリーグの新フォーマット。グループステージ廃止、36チームによるリーグ方式への移行により、1チームが戦える最大試合数は13試合から17試合へと増加。
さらに4年に1度ではあるものの、FIFAクラブW杯(最大7試合)が夏に加わりました。
主力選手の年間出場試合数が76〜77試合に達するという試算も出ています(Football Benchmark / FIFPRO Player Workload Monitoring)。
2020-21シーズンと比較すると、2023-24シーズンには5大リーグの怪我件数が37%増加し、クラブが負担した経済損失は7億3000万ユーロを超えています(Taylor & Francis / 学術論文 / ESPN)。
この話をするとき、誰もが「選手の身体」を語るでしょう。しかし私が真っ先に考えるのは、ピッチの体力と限界が選手にも影響を与えていること。
芝生には回復時間が必要です。試合後のピッチは、スパイクのスタッドによるディボット、ターフの剥離、土壌の圧密化など、選手の目には見えない多くのダメージを受けています。
天然芝が適切に根を張り、クッション性と排水性を回復するには、適切な養生期間が不可欠。
試合と試合の間隔が短くなればなるほど、グラウンドスタッフが芝生に対して施せるケアは極めて限られます。エアレーション、砂、散水、肥料撒き、補修などなど、いずれも時間のかかる作業であり、その時間が削られれば削られるほど、ピッチの質は確実に低下していきます。
ハイブリッドターフは「解決策」か、それとも「別の問題」か
こうした超過密日程に対応するため、近年多くのヨーロッパのスタジアムがハイブリッドターフ(天然芝の間に人工繊維を縫い込んだシステム)を導入しているのは、私のブログをしっかり見てくださっている方々であればご存じでしょう。
改めて、天然芝、人工芝、ハイブリッドターフで比較していきましょうか。
簡単に言ってしまうと、ハイブリッドターフはピッチコンディションの耐久性が高く、試合数が増えても表面が荒れにくいという理由からです。詳しくは以前のブログからぜひご確認ください。
https://ikumi-honda.com/hybridturf/523/
確かにハイブリッドターフは保つ力に優れている
2026年に発表された最新の研究、天然芝・ハイブリッドターフ・人工芝の126面を測定した調査によれば、ハイブリッドターフは三者の中で最も剛性が高い(k = 513 N/mm)という結果が出ています(Sports Engineering / Springer Nature)。
ハイブリッドターフの剛性が最も高くなる主な理由は、天然芝の根回り(ルートゾーン)を人工繊維で補強するという材料構成と構造にあります。
ちょっとここから難しい話をしていきますので、スキップしながらどうぞ。
この構造は、天然芝に比べて、耐久性や耐荷重性を向上させる一方で、荷重を受けた際の変形能力を低下させます。その結果、選手への衝撃を和らげる衝撃吸収性も天然芝や人工芝に比べて低くなっています。
つまり、地面が動きにくいってイメージです。
また、天然芝とハイブリッドターフはどちらも人工芝システムと比較してより急峻なForce-displacement curveを描いており、全体として人工芝よりも剛性が高いことが示されています。
Force-displacement curveとは、芝の表面に「加わった力(荷重)」と、それによって表面が「どのくらい沈み込んだか(変形量・変位)」の関係を示したグラフのこと。
今回の論文から読み取れることは、特にハイブリッドターフにおいて「Force-displacement curve(日本語では力-変位曲線)が急峻である」というデータは、ピッチが非常に高い荷重に耐えられる一方で、「強い力を受けても表面がほとんど変形しない(たわまない)」ことを示しています。このたわみにくさが耐久性の高さに繋がる反面、表面がクッションとして機能しないため、プレイヤーの身体に対して衝撃力(着地時のドンッというダメージ)がそのまま伝わりやすいという物理的な性質を裏付けています
剛性が高いというのは、ピッチを維持するのには重要な側面ではあるものの、選手にとってはそれが悪さをする可能性があるというのも見逃せない点。「硬い」という意味でもありますからね。
人工芝の方が天然芝やハイブリッドターフよりもケガが少ないのかというとそういうわけではない
データを見ると、人工芝には人工芝特有のエネルギーの跳ね返り(エネルギーリターン)があり、それは天然芝やハイブリッドターフよりも統計的に有意に高い(強い)ことが明確に示されています。
人工芝は、天然芝やハイブリッドターフと比較して、剛性が低く(柔らかく)、より圧縮されやすく弾力性が高いという特徴があります。
そのため、強い力が加わって大きく沈み込んだ(変形した)際に、高いエネルギーを選手に対して跳ね返す性質を持っています。
この強い跳ね返りがあるからこそ、選手は人工芝の上で弾むように感じます。しかし、この特性が人工芝特有の予期せぬ不適切なタイミングで選手に強い力が跳ね返ってくる原因として指摘され、関節や靭帯への負担が大きく、非接触型の深刻なケガのリスクが高いといわれています。
対照的に、天然芝やハイブリッドターフは剛性が高く(硬く)、弾力性が低いという特徴があります。
これは、着地した瞬間に表面があまりたわんでくれないため、芝生がプレイヤーへの直接的な「衝撃力(インパクト)」を吸収しにくいことを意味します。
しかし、そもそも大きく沈み込まない(弾性がない)からこそ、着地後にトランポリンのように「エネルギーを跳ね返す力(バウンド)」自体は人工芝よりも小さくなります。
少し極端な例えをすると、以下のようなイメージです。
- ハイブリッド芝(コンクリートに近いイメージ): 硬くて沈み込まないので、着地すると「衝撃」は直接身体にくる(衝撃吸収性が低い)が、トランポリンのように「跳ね返される」ことはない(エネルギーリターンが低い)。
- 人工芝(トランポリンに近いイメージ): 柔らかく沈み込むので、着地した瞬間の「衝撃」は和らぐ(衝撃吸収性が高い)が、その直後に強く「跳ね返される」(エネルギーリターンが高い)
個人的にこのデータを見て思ったことは、日本にあるような人工芝、すなわち人工芝がへたって倒れてしまったような古い人工芝ではなく、しっかり手入れされている人工芝を選出しているのだろうなと思うので、全て日本基準にあてはめてはいけないと思います。
一旦まとめます。
ハイブリッドターフの負荷 =「衝突のダメージ(衝撃)」
- 原因: 天然芝や人工芝よりも硬くて衝撃を吸収してくれない。
- 影響: 膝、足首、腰などの関節や骨にダイレクトな負荷がかかる。また、その衝撃から骨組みを守るために、筋肉が「クッション(ショックアブソーバー)」として酷使され、極度の張りや疲労を引き起こす。
人工芝の負荷 =「不自然なバネのダメージ(反発)」
- 原因: 沈み込んだ直後に、予期せぬタイミングで強く押し返される(エネルギーリターン)。
- 影響: 筋肉が本来想定していないタイミングで外からの力を受けるため、関節周りの靭帯(ACLなど)に不自然なストレスがかかったり、筋肉が振り回されて疲労困憊になる。
ピッチが柔らかければよいかというと、そういうわけでもない
では、今回の人工芝のデータに現れたように、ピッチが柔らかすぎる場合、硬い場合とは全く異なるメカニズムで選手の身体に負担をかけ、特有のケガや著しい疲労を引き起こすということも頭に入れておくべきでしょう。
よく日本の芝生管理者の方々と話していて耳にするのは、クラブからピッチを柔らかくしてほしいという要望が多い点。
私も実際そうでしたが、アーセナルFCに来て芝生を管理していく中で、その日本国内における考え方を改める必要があると私は感じました。
具体的には、ピッチが柔らかすぎることで以下のような問題が発生します。
1. 極端に「疲れやすく」なる(エネルギーロスの問題)
柔らかいピッチは、選手が地面を踏み込んだ際の力を吸収しすぎてしまいます(エネルギーリターンが少ない状態)。例えるなら…
- 砂浜を走る感覚: 砂浜やぬかるんだ泥の上を走る場面を想像していただくと分かりやすいでしょう。前に進もうとしたり、ジャンプしようとしたりする力が地面に逃げてしまうため、同じスピードを出すためにより大きな筋力が必要になります。室内マットの上でも同様ですね。
- 試合終盤への影響: この状態が90分間続くと、太ももやふくらはぎの筋肉が過労状態に陥り、試合の終盤で足がつったり(筋痙攣)、パフォーマンスが急激に低下したりする原因になります。
2. 「筋肉系」のケガが増える
硬いピッチが「関節や靭帯(骨組み)」にダメージを与えやすいのに対し、柔らかすぎるピッチは「筋肉」へのダメージを引き起こしやすくなります。
- 肉離れ(筋挫傷): 地面が柔らかくて滑りやすかったり、踏ん張りがきかなかったりすると、選手は無意識のうちに無理な体勢でバランスをとろうとします。これにより、ハムストリング(裏もも)やそけい部(股関節周り)の筋肉に急激な過負荷がかかり、肉離れを引き起こしやすくなります。
雨の多いイギリスでは特に、ピッチがぬかるんでしまって柔らかくなり、結果的にこういったケガにもつながりやすくなります。
3. 「ピッチの崩れ」による捻挫
「柔らかいとピッチがえぐれやすい(ディボットができる)」とお話ししましたが、これもケガに直結します。
- 不規則な凹凸: 試合が進むにつれてピッチのあちこちがボコボコになり、穴が空いた状態になります。この不規則な凹凸に足を取られたり、着地時に足場が崩れたりすることで、足首を捻挫するリスクが跳ね上がります。硬いピッチでの「スパイクが引っかかりすぎる捻り」とは違い、「足場が崩れる・滑る」ことによる捻挫です。
【まとめ】
- 硬すぎるピッチ: 衝撃と引っかかりによる 「関節・靭帯・骨」 へのダメージ(例:前十字靭帯断裂、疲労骨折)。
- 柔らかすぎるピッチ: 疲労と足場の不安定さによる 「筋肉」 へのダメージ(例:肉離れ、極度の疲労)。
あれ?あんた昔、硬いピッチは筋肉系にも影響を与えるみたいなこと言ってなかった?
と疑問に思った方。いつもブログ、そしてSNSを見てくださり、誠にありがとうございます!
硬すぎるピッチは、柔らかいピッチとは全く異なるメカニズムで筋肉にダメージを与えます。
具体的には、硬いピッチは以下の2つの理由から筋肉に深刻なダメージを与えます。
1. 筋肉が「ショックアブソーバー(衝撃吸収材)」として酷使される
ピッチが硬くて衝撃を吸収してくれない場合、その衝撃を関節や骨だけで受けると一瞬で壊れてしまいます。そのため、身体は無意識のうちに筋肉(特にふくらはぎや太もも)をクッション代わりに使って衝撃を和らげようとします。
- 結果: 筋肉が常に緊張した状態で強い衝撃を受け続けるため、異常な筋疲労、張り、そして強烈な筋肉痛を引き起こします。この「過度な張り」が蓄積すると、結果として肉離れを引き起こす下地を作ってしまいます。
2. 急激なブレーキに
先の論文の話にあった「スパイクの引っかかりやすさ(回転剛性の高さ)」がここで悪さをします。
硬くてスパイクがガッチリ噛むピッチで、急激なストップや切り返しを行うと、足元は急停止するのに、上半身の重みとスピードはそのまま前に進もうとします。
- 結果: この時、太ももの裏(ハムストリング)などの筋肉は、「無理やり引き伸ばされながら、必死にブレーキをかけるために力を振り絞る」という非常に過酷な状態を強いられます。これは筋肉の繊維にとって最も断裂しやすい(肉離れしやすい)状態です。
天然芝、そしてハイブリッドターフの場合、芝生が剥がれたりダメージを受けることで、選手たちへ与えるダメージを軽減しています。
その一方で人工芝の場合、ゴムチップなどがあるとはいえ、人工芝繊維が切れることは滅多になく、それが逆に選手へダメージを最大限与えてしまうこととなります。
サイドバックの選手に筋肉系のケガが多いのは、このストップアンドゴーが多いからなのかもしれませんね。
まとめ:筋肉への影響の違い
- 柔らかすぎるピッチの筋肉疲労: 砂浜を走るように「力が逃げてしまい、前に進むために筋肉を使いすぎてバテる」疲労。
- 硬すぎるピッチの筋肉疲労: コンクリートの上でダッシュするように「強い衝撃や急ブレーキから身体を守るために、筋肉が酷使されて削られる」疲労。
このように、ピッチが硬すぎても筋肉へのダメージは非常に大きくなります。だからこそ、選手たちは硬いピッチでプレーした翌日は「普段とは違う局所的な張りや疲労感がある」と訴えることが多いのです。私自身も、日本の人工芝でプレーした翌日、腰が痛すぎて困ります。
ピッチには「ケガを防ぐための適度なクッション性(柔らかさ)」と、「疲労を防ぎ、安定してプレーするための適度な反発力(硬さ)」という、相反する2つの要素の完璧なバランスが求められます。
我々グラウンズチームが日々、ミリ単位で水分量や芝の長さ、そしてピッチの柔らかい硬いを調整しているのは、まさにこのバランスを保つためです。すべては選手のためです。
天然芝とハイブリッドターフは?
では、人工芝との比較ではなく、ナチュラルグラス、すなわちハイブリッドターフの無いピッチとハイブリッドターフではどう違うか。
具体的な数値を見ても、ハイブリッドターフの平均剛性はk=513 N/mm であり、天然芝のk=301 N/mm と比較してかなり硬く、最大の荷重に対しても最も変形しにくい性質を持っています。
そのため、走ったり着地したりする際に表面がたわんで衝撃を吸収してくれない分、プレイヤーの身体に直接伝わる衝撃(負荷)は天然芝よりも大きくなると言えます。
ただし、この論文で行われている研究は、あくまで専用のテスト機器を用いた「物理的な特性(硬さやグリップ力など)」の測定であり、実際の選手のケガ発生率を追跡したものではありません。
たしかに先ほどお伝えした通り、ハイブリッドターフは天然芝の根回りを人工繊維で補強している構造上、天然芝よりも剛性が高く(硬く)、衝撃吸収性が低くなっています。そのため、プレイヤーの身体に伝わる「物理的な衝撃(負荷)」自体はハイブリッドターフの方が大きくなるのは事実です。
しかし、スポーツにおけるケガのリスクは、先ほどからお伝えしているように、単純な地面の硬さだけで決まるわけではありません。何度もお伝えしてきていますが、論文から読み取れるそれぞれの特性を考慮すると、以下のような違いがあります。
- ハイブリッド芝の特徴: 天然芝を人工繊維で補強しているため、耐久性や耐荷重性に優れており、激しいプレーでも表面がえぐれにくく、足場が安定しているというメリットがあります。
- 天然芝の特徴: 衝撃吸収性には優れますが、天候や季節によってコンディションが変化しやすい性質があります。実際に論文でも、天然芝は夏と冬で変形量や衝撃吸収性が大きく変動することが指摘されています。これにより、足場が不安定になる(滑りやすい、えぐれやすいなど)リスクが伴います。
つまり、ハイブリッドターフは「硬さによる物理的な負荷」が大きい一方で、「足場の安定性」には優れているという見方もできます。
ハイブリッドターフの登場によってパススピードが上がりよりゲームスピードが上がった、そして選手にとってはピッチの凸凹が減って捻挫等のケガが減ったといえます。
その代わりに、スパイクの引っかかりやすさ(回転剛性の高さ)が天然芝よりもハイブリッドターフの方が強く、関節や骨、靭帯のトラブル、過度な硬さで筋肉系のトラブルが増えてきたのか?という議論はたびたび耳にしますが、実際には原因になりそうな因子が複雑であり、ピッチだけが原因ではないというのが実際のところ。
「ピッチが怪我の原因」と断言できるか?
先ほども書きましたように、データからも、そして私個人の意見から言っても、現時点ではピッチが原因のすべてとは断言できません。
ACL断裂の84件、62%は守備局面、33%はハイプレスの場面で発生しており、そして選手がプレー開始後15分以内が最多というデータもあります(PMC / 欧州5大リーグACL疫学研究)。
これはピッチよりも現代サッカーの戦術的強度が主因である可能性を示唆しているといえるでしょう。
- なぜ試合序盤に多いのか: 試合序盤の負傷が多いことから、試合による疲労の蓄積が主な要因ではないと考えられています。代わりに、試合開始直後の神経筋の準備不足(ウォーミングアップが不十分な状態)高強度の動作が組み合わさることが、負傷リスクを高める要因として指摘されています。
- なぜ守備時(特にディフェンダー)に多いのか: 守備におけるアクションは相手選手の動きに依存するため、観察したり動きを計画したりする時間が少ない「不測の動き」を強いられることが多くなります。このような予期せぬ関節の動きが、ACL断裂のような膝の怪我を引き起こしやすくすると考えられています。
さらには近年のスパイクは、非常に鋭くなっている傾向もあり、スパイクが芝生に引っかかりやすく別のケガを誘引している可能性も捨てきれません。
これらからも分かるように、芝生だけが全ての要因ではないということです。
しかし私が言いたいのは、試合数が増えれば、選手の疲労が蓄積する。そして同時に、ピッチのコンディションも低下する。この2つは紛れもない事実であるということ。
芝生が無くなるとどうなるか
過密日程によってピッチの養生が追いつかなくなると、芝生の回復スピードが利用によるダメージよりも増えていき、芝生がなくなっていきます。
みなさんもFAカップ等でプレミアリーグのクラブが下部リーグのクラブと対戦するとき、ピッチの芝生が無いんじゃないか?といった状態のピッチを1度は観たことがあるのではないでしょうか?
下部リーグのクラブは、1年に70試合利用するほどのスタジアムで試合をしているところもあり、そもそもヒーティングシステム、グローライト等がなく、イギリスの寒くて暗くて雨しか降らない冬を越えるのが非常に困難です。
特に12月末から1月中は、寒い上に試合数が最も多かったりしますので、芝生がなくなってしまうのは、どうしようもないのです。そういった背景を理解していただかないと、下部リーグのクラブと対戦した時「芝生が無い」と口走ってしまう方が多いので、まずはこの背景を理解してください。
下部リーグほどではないものの、トップカテゴリーのクラブのピッチも、過密日程によりギリギリで戦っています。
疲弊したピッチは、芝生によって想定されていた衝撃吸収値を下回る可能性があります。つまり芝生によって支えていた衝撃が緩和できなくなって、結果的に選手にダメージが入るということ。
ハイブリッドターフとは、95%が天然芝、5%が人工芝繊維という状態です。芝生が無いと、ハイブリッドターフ本来の芝生を強化するという性能も発揮されなくなります。
となれば、「ハイブリッド芝は丈夫」という前提自体が、試合数の増加によって天然芝が無くなっていき崩れていく可能性も出てきます。
何事にも限界があるといっていいでしょう。
疲れた選手が、養生不足、芝生の密度が減ったピッチで、ハイプレスをかけ続ける、、、選手のケガが起こりやすくなる瞬間は、まさにその瞬間でしょう。
FIFAとUEFAが試合数の増加を「商業的成長」として正当化する一方で、FIFPROの調査では2024年EURO参加選手のうち推奨される28日間のオフシーズン休養を確保できたのはわずか14%、コパ・アメリカ参加選手に至っては9%に過ぎなかったとあります(FIFPRO公式)。
選手の体が回復できていない。そしてピッチも同じく試合数に対して芝生の回復が間に合わない、参加するコンペティションが多くなればなるチームほどケガ人が多くなるのは、
当然ながら芝生管理者はこのような新たなチャレンジを全力で乗り越えなければいけません。どれだけライトを当てて肥料のタイミング、あれやこれやごいった芝生のためになる作業を常に行っています。
しかし、肥料を与えた翌日に全てが完全に回復しているかと言ったらそれは不可能なわけで、何事にも限界があります。
グラウンズパーソンとして思うこと
個人的には、チャンピオンズリーグファイナルまで戦った後、すぐに代表に合流してワールドカップに参加したアーセナルの選手たちが、26-27シーズン何事もなければよいのだがと祈っています。
特に、今回の2026年ワールドカップに参加した選手は、アーセナル所属以外の選手でも拘束時間が長く、そしてシーズン開始までの期間も短いので、十分な休息を得られないままシーズンを迎えることになり、より一層ケガが心配です。
芝生に関しては、試合と試合の間に、私たちは全力でピッチを回復させようと懸命に努めますが、何度もお伝えしているように物理的な限界があります。芝生が回復するには時間が必要で、その回復させるための時間は試合数に食われていきます。
FIFAやUEFAが試合数を増やすたびに、その皺寄せはグラウンドスタッフとピッチ、そして最終的には選手に来ます。
じゃあプロも人工芝が良いかというと、私はそうは思いません。今回のブログでも書きましたが、人工芝はピッチの状態(硬さや柔らかさ、芝生の長さなど)をコントロールすることが困難で、不確実な反発が選手へと与える影響がかなり大きいと考えるからです。
また、今回の2026年北中米ワールドカップの試合会場が人工芝から天然芝に変わったことで、NFLの選手たちから反発が起こっているのも事実。
サンフランシスコ・49ersのジョージ・キトルは、NFLPAを通じて声明を発表し、選手たちの総意を代弁しました。
「我々は天然芝を好むと明確にしてきたし、それが身体にとって良いことも知っている。そして今回、(サッカー)ワールドカップのために各スタジアムに天然芝が敷かれたことで、それが可能であることもはっきりと証明された。 今、これはNFLが選手を優先し、我々に投資する気があるかどうかという問題になっている。なぜなら、我々の身体こそが彼らのビジネスの源であり、利益を生み出すものなのだから」
George Kittle makes pitch for NFL to use grass fields amidst World Cup
キトルは長年にわたり、膝やふくらはぎの怪我、2025年のアキレス腱断裂など、複数の怪我で欠場を余儀なくされてきたそうです。もちろん、これらの怪我のすべてが人工芝に起因するとは言い切れず、天然芝に戻すことでどれだけケガを防げるのかという疑問は常に残りますが、お気持ちは理解できます。
そしてNFLPAの調査によると、実に92%のNFL選手が天然芝でのプレーを希望しているそうです。 選手たちは長年、「人工芝は関節や靭帯への負担が大きく、非接触型の深刻なケガ(アキレス腱や前十字靭帯の断裂など)のリスクが高い」として、全スタジアムの天然芝化を訴え続けてきました。
個人的にNFLの情報をあまり入れていなかったので、選手たちは人工芝で問題ないと思っていたのかと思っていましたが、そんなことはないという点が新たな気づきでした。ずっと我慢していたのですね。
選手の怪我を語るとき、「芝の状態」が議題に上がることはほとんどないでしょう。しかしピッチを管理する者として言わせてほしいのは、
健康なピッチなくして、健康な選手はいない。ということ
上記でも書きましたが、大事なことなのでもう1度。
ピッチには「ケガを防ぐための適度なクッション性(柔らかさ)」と、「疲労を防ぎ、安定してプレーするための適度な反発力(硬さ)」という、相反する2つの要素の完璧なバランスが求められます。
我々グラウンズチームが日々、ミリ単位で水分量や芝の長さ、そしてピッチの柔らかい硬いを調整しているのは、まさにこのバランスを保つためです。すべては選手のためです。
我々は選手たちの選手生命を第一に考えていますが、それも試合数が多く芝生が回復する時間がないのであれば、不可能なのです。もう少し芝生のことも考えられる方々が上層部に増えてくれることを願いたいです。
と、まあ久しぶりに真面目に書かせていただきましたがいかがでしょうか?
感想等々はSNS上で確認させていただきます(SNSは1日15分のみというスクリーン制限をかけているので、確認だけで終わってしまうかと思いますが・・・)。
https://ikumi-honda.com/natural-grass-or-artificial-grass/2304/


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